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で、1番ホール終わってみればパー。以後ほぼオーナーをキープ。前半上がったところで45.例によって食事予想で優勝候補に挙がるも、前回43で優勝間違いなしとおだてられ、後半大叩きして相応のところに落ち着いた前科があることから、誰も心底思っていないのが良く分かる。ただ池田だけが、真剣な顔をして「頑張れよ」と声を掛けてくれた。
後半打ち下ろしのロングホールでOB、8を叩きトラウマの兆しが出掛かるも次のショートホールでパー、しかも二アピンで持ち直す。しかし、12番で打ち下ろしのTショットを左の山の斜面に打ち込みトリプル。次は魔の13番ホール、一瞬第1回コンペの記憶が蘇える。
あの日は帰りのフェリーが欠航したほど風雨が強かった。13番谷越えの168ヤード、Tショットが案の定OBとなり、グリーン周りのアドバンスティに降りようとして木製の階段でスリップ、左足を負傷。何とかホールアウトしたが14番で痛みがひどく遂に病院に行きリタイアーした。それでもコンペは中止にならなかった。お陰で帰りはアクアライン経由となり、家内に連絡して久里浜に置いていた車を横浜に回航させ、松葉杖姿の哀れな負傷兵約1名を収容することとなった。このコンペは東京・横須賀方面では、しばらく有名となった。曰く「あの低気圧の悪天候下、フェリーが欠航するというのにコンペを強行したクレイジーなクラスがいたらしい。なんか怪我人も出たそうだが・・・」と。
ゴルフの要訣は平常心、龍泰寺、総持寺、浄妙寺、報国寺etcで修行したのはこういう時のため・・と無我の心境、心眼を開いて観ずれば左からの弱い風、ピンの右、カラー近くにニアピンの旗、従ってピンのわずか左を狙って3番アイアンをゆっくり振りぬけば快心の当たり。打球は真っ直ぐピンに向かいやや風に落とされながらグリーン上に落下した。行って見ればニアピンの旗(梅野兄)よりは約50センチ内側。7メーターのバーディパットが強く2メーターオーバー。上から見ていた前の組から「ニアピンはパー縛り・・」という雑音が聞こえたが、無視して虚心坦懐に打った返しのパットが狙いどうり見事入った。
この13番ホールでこの日の決着がついた。次のロングでOBを出したが、大勢に影響なし。最後の3ホールで連続優勝するためのスコアの調整に入ったが時すでに遅し。
ドラコンホールの16番で不幸にもフェアウェイに残り、梅野兄に10メーター及ばず。また、17番ではうまい具合に谷越えに失敗しOB、ところが前進4打の打ち上げが運悪くピンそば30センチに落ちてボギー。最後の18番も打ち上げの第2打がONし、パーとなり結局51で上がってしまった。
結果的に6アンダーとなり、次回ハンデーも19に下げられましたが、最大の成果はソウキュウトラウマを無くしたことであり、次回コンペからは別人のように生まれ変わります。
乞うご期待。
なお、帰りのフェリーで同行のクラス諸兄6名に自主的に供出したソフトクリームの美味かったこと、小生と池田兄は同枠(1枠)で馬券の1−1を当てたのは彼一人だった事を付け加えます。
優勝を謙虚にふりかえり 山田
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