
左から船木、松本、今井、戸塚
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1 日 時
15.10.4(土) 1230〜1430
2 場 所
鎌倉市由比ガ浜
KKR鎌倉保養所 「わかみや」
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3 参加者
男性 19名 女性 8名 計27名
今井教育部長夫妻、戸塚2隊長、松本・舟木各教官室長、川崎・川尻・遠山・登川・山口・和田各教官、岡田幹事夫妻、山本幹事付夫妻、小川幹事付夫妻、出来1隊付夫妻、馬渡・猪狩・福塚各分隊長、故鍛冶分隊長夫人・長男夫人、保科(関口)候補生夫妻・山田候補生
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左から今井、戸塚
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左から戸塚、山本、岡田
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4 経過概要
定刻40分前ごろから今井ご夫妻はじめ三々五々参集し、さすが5分前には開会の準備完了。小川幹事(1年前付から昇格)司会により和やかな雰囲気のうちに開会。
まず、堀江校長以下物故者に対し黙祷。
岡田幹事長(同じく幹事より昇格)の勳3等瑞宝章叙勲の紹介。
次いで、今井教育部長の挨拶「最近もの忘れすることが多くなったが、この会だけは忘れない。江田島の会で教官、分隊長、と教える側のみで教えられる側の候補生が居ないのは片手落ちと思っていたが、今日は18期の候補生が参加してくれて本当に嬉しい。
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堀江校長も私も17,18,19の3クラスを持ったが、丸1年持ったのは18期のみで特に思い入れが深い。幹事の素晴しい計らいに感謝する。」
以後戸塚2隊長の乾杯の音戸で開宴となり適宜懇談、話題は36年前にタイムスリップ・・・・
それにしても皆大昔のことをよく覚えているもの、やはり原点は江田島にありとの感深し。懇談中入手した情報によれば、この会のルーツは定かでなく、下向、富田の両オバサンが遠航出港を見送りに来た際当時の関係者が集まったのが最初とか、両幹事付と某先輩方が小用某所で集まって飲んでいた「小用会」がルーツとか諸説ある。
いずれにせよ、候校時代の堀江・今井両氏を中心とした会であることには間違いなく、堀江校長の3回忌を機にやめようという話があったが、これまで続いているとの事。
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左から保科、岡田、山田、出来、馬渡
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左から船木、松本、今井、戸塚、岡田
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宴半ばになり、参会者輪番で3分以内の近況報告。各自暮らしぶり・健康・家族等この1年間を中心に発表。
小生からクラスの状況報告「入校時150名だった18期も石川統幕議長、田中警務官、佐野・南須原両ドックマスターの4名を残しすべて退職しました。<男子三日会わざればカツ目してみるべし><教育の成果はすぐには分からない、教え子の10年・20年後を見よ>という言葉があります。しかし、36年後では成長ぶりというよりは変わり果てた姿とでもいうべきでしょうか・・・いずれにせよ教育者にとって教え子の姿を見るものは嬉しいものと思います。今後ともこのような機会を作っていただきたい。」・・という趣旨のことを言ったつもりだが昼間の熱燗と悪声のせいでうまく通じたかどうか、もう少し気の聞いたことをいえばよかったと反省している。
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総員終わったところで丁度時間となり、岡田幹事長の乾杯の音頭(声量口調ともに昔どおり)で終宴となった。最後に玄関に出て、いつもはやらないという集合写真をとわ会のホームページのために撮影。土曜日の小春日和の陽射しの中、来年の再会を約して散会となる。
5 補 遺
因みに、「八方会」の名称は江田島の八方園に由来しているが、ハッポウとは読まずヤモと読む。
とわ会代表参加者 山田&保科
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左から小川、岡田、山本
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