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早春の一日、飼主一家は近くの蘆花記念公園にある郷土資料館に行った。公園の駐車場から安芸を連れて小高い丘を登ったところに、古いが立派な門構えの木造平屋建て瓦ぶきの家屋がある。大正元年に建築された徳川家十六代家達の別荘で、今は逗子市の郷土博物館になっている。庭先に安芸を繋いで中に入ることにした。
歴史・民族資料のほか、この地にゆかりのある文学者の作品などの資料が展示してある。明治の文豪徳富蘆花は、明治三十年から三年間この近くに住んでいたという。その時に、大山巌陸軍大将の副官の未亡人から聞いた話をヒントに、小説「不如帰(ほととぎす)」を書き、ベストセラーになった。その小説のヒロイン、浪子を記念する浪子不動の近くの海岸には、「不如帰」文学碑も建っている。
蘆花は美文家だったらしく、丘に登る坂道の所々に「自然と人生」から引用した文章の立て札が立っている。たとえば、相模灘の落日と題して、「初め日の西に傾くや、富士を初め相豆の連山、煙のごとく薄し」といったもの。確かにその頃であれば、田越川の川原や畦道の田園風景のかなたに、丹沢や伊豆の山並を裳裾にした雄大な富士山を望めたに違いない。
これに触発されたわけでもないが、相模湾を周回して翌日から伊豆半島まで足を伸ばした。安芸がお気に入りの河津桜を見物するための恒例の小旅行。このコースには文学的名所には事欠かない。「不如帰」に始まり、熱海では尾崎紅葉の「金色夜叉」、天城山では川端康成の「伊豆の踊り子」ゆかりの記念碑等がある。
この旅で飼主は二つのミスをしてしまった。その一つは開花時期の誤判断。昨年は一週間早すぎたため、今年は慎重に昨年並みの開花時期と見積もり、約一ヶ月前に宿を予約した。ところが、今年は例年より開花が早くなり、河津桜の原木のある主会場付近の桜はすでに葉桜状態である。
もう一つは日曜日しか宿がとれなかったので、名物料理の金目鯛の煮付けにありつけなかったこと。いつもの河津川沿道を避けて河津七滝まで登ると、幸にも渓流沿いにまだ花の残っている木々が散在している。シーズンの盛りを過ぎたとはいえ相当の人混み。安芸には桜も金目鯛も関係ないようで、嬉々として人ごみの中を平気で歩いていく。時々通行人に声をかけられたり、触れられたり、写真を撮られてもおとなしく飼主に服従している。
天城トンネルを通って伊豆半島の中央部を北上、今は伊豆市になっている旧戸田(へだ)村に着いた。江戸時代から漁業と海運業で栄えた港町で、西方の海側は御浜岬という自然の防波堤と三方を険しい山で囲まれ、天然の良港をなしている。日本海溝の先端が入り込む駿河湾は、深さが二千五百メーターもあり多くの深海生物が生息している。古くから深海漁が盛んで、今もタカアシガニは戸田の代名詞になっている。
ペリー提督の黒船が下田を去って四ヶ月後の一八五四年十月、ロシアのプチャーチン提督がディアナ号で下田にやって来た。十一月四日、安静の大地震が東海地方を襲い、その津波によって下田港に停泊中の乗艦ディアナ号は船底と舵を大破。修理のため戸田港に回航中、強風のため難破、駿河湾に沈んでしまったが、約五百名の乗組員は地元民に救助され全員無事に上陸することが出来た。
プチャーチン一行は、戸田でロシアに帰るための代船を造ることになり、ロシアの技術者と日本の船大工が苦労をしながらわずか三ヶ月で約百トンの帆船を造り上げ、これが日本で作られた初めての本格的な洋式帆船となる。この船は戸田住民への感謝をこめてプチャーチンによって「ヘダ号」と命名され、その年同タイプの船が更に六隻建造され、幕府によって佐渡や函館に配備された。
ヘダ号建造にかかわった船大工たちは、各藩に招かれ造船技術の普及と指導に当たり、そのうちの一人、上田寅吉はその後長崎伝習所に学び、オランダ留学を果たして新政府では横須賀造船所の初代職長となり、日本海軍初期の軍艦を建造している。
プチャーチン死後の明治二十年、娘のオリガ・プチャーチナが来日し、父が世話になった関係者に記念品を贈り、謝意を述べた。その彼女も三年後に亡くなり、遺言として百ルーブルが戸田村に贈られた。戸田村ではその遺志を尊重し窮民救済寄金にあて、その後続く長い日露友好のシンボルとなる。
以上を物語る資料が、御浜岬の造船郷土博物館に展示されている。プチャーチンの名前以外は殆ど無知だった飼主は、この小さな港町が日本の近代造船発祥の地であることを知り驚いたが、この小旅行の大きな収穫となった。カミサンに強要され、戸田来訪記念としてかなり値の張るタカアシガニ定食を食べ、戸田人の勇気と友情の証という地元製のロシア菓子「ディアナ号の錨」を土産に買う。安芸は、直ぐそばの岸壁に駐車した車内の犬舎から食事中の飼主夫婦を見つけ、盛んに抗議の鳴き声を出した。
戸田は、多い時人口三千人を越えたというが、今はひっそりとした歴史の重みを感じさせる佇まいの港町である。(第66回了)
三浦の羊飼い
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