
ディプロィメント・フォース
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これは、戦争遂行能力即ち軍事力が不要になったわけではなく、むしろその意思と能力を大いに必要とし、それをベースにした平時における軍事力の役割も重視することになり、相手の考え方又は行動に影響力を及ぼすため、従来の外交よりも一層強力ではあるが、戦争ほど暴力的でない圧力手段を求めて限定された軍事力使用の要求が高まったとも言える。
その軍事力の使用は決戦兵種である陸軍より柔軟性、国際性、機動性、多目的性をその特性とする海軍力が主となるのも当然であり、実際世界の主要海軍国はその行動の50%以上は実任務行動=Naval Presenceとしての予防及び対応展開行動=現実の抑止(不安定化抑止/拡大抑止)のための部隊運用となって来ていた。
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海上自衛隊もまた「働く自衛隊」「兵力整備から運用の時代へ」「Training
ForceからReadiness Forceへ」と叫ばれ、また、事実としても湾岸戦争後のペルシャ湾機雷処分、カンボジア等のPKO、トルコ地震国緊隊支援輸送等、また舞鶴沖北朝鮮工作船事案対処(海上警備行動)、北朝鮮ミサイル発射事案イージス艦の特別監視、中国情報収集艦に対する警戒監視等々正に多種多様な任務に対応し多くの経験と教訓も得てきた。
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ディプロィメント・フォース
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視察中の司令官
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しかしながら、現大綱作成時、防衛力の役割で戦争(直接侵略)ではないが『わが国の平和と安全に重大な影響がある事態への対応』を「わが国の防衛」の次に項目建てする制服の意見は通らず、現在のように「大規模災害等各種事態への対応」として、災害派遣等の後に、なお書きみたいな形で残った事実、さらに、実際の活動の場としては米軍支援に特化した周辺事態、かつ中東を含む事態対応概念から地理的な周辺概念へ後退した事実等、さらには工作船事案でも最後まで不審船と称して漁業法違反で追っかける(後の沈没工作船の引き揚げ調査も海上保安官に対する殺人未遂事件の捜査)という事実、調査研究を法的根拠とした対抗行動の取れない警戒監視等々、国家としての海上防衛力の使用に国際情勢の変化に対応できない不備(特に解釈をむ法整備)つまり国際社会の常識といえる海上防衛力の活動/行動が取れないでいることも事実である。
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そんな状況だからこそ、自分が司令官在任中に是非やりたい/芽だけでも出しておきたい事があった。それは、『自衛艦隊司令官の指揮する実任務行動として必要な海域にTask ForceをDeployさせること』である。戦時の国境防御だけが国防ではない、特に海洋国家にとってはその利益線/生命線の防護は国防の大きな柱である。これまでのような謂わば部分的Counter
Presenceから本来的なNaval Presenceへの足懸りをつけておきたいとの思いであった。
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支援艦隊終結のディエゴガルシア
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全行程を輸送してくれた米P−3C
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米海軍(7艦隊)のように「ハワイから中東まで・6ヶ月間・強力なPower Projection機能を持った空母BGで他国沿岸まで前方展開」などは望むべくも無いが、せめて、「日本周辺・1.5ヶ月間・監視ライン/中間線を越えて」の予防展開と一部の事態―工作船事案や船舶検査、邦人輸送等(別途の法の枠のもとではあるが)−には実質的な対応展開になるようにしたい。そのためには、近い将来には平時のROEを持ってキチットした対応行動もできるようにしなければ・・・更に米海軍との共同Deployができたら(当面はPASEXとしてでも)・・・と考えていた。
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これより一年半前、米海軍のステニスBGがその展開行動中に日本海(北朝鮮沖)〜東シナ海を巡航した時カナダの駆逐艦を伴っていた。
「日米安保は日本の防衛のみならずこの地域の平和と安定にとっても大事」との日米安保再確認の後であり、「海上自衛隊が日本周辺をキチット押さえてくれよ!相変わらずのTraining
Forceかよ!米海軍がこの地域を動く時も共同でDeployできないのでカナダ海軍を連れて来たよ」と言われたようで私にとっては極めてショックな出来事だった。(ステニスBGは横須賀に寄港した後にインド洋・中東方面へ行動、カナダ駆逐艦は横須賀から本国に帰投した)
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ムーア・米中東海軍司令官と
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ハリーファ・バーレーン国防大臣と
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これまで個々の事態対処でやらねばならないことは訓練もしてきた。過っては長期帯洋と銘打った訓練もしてきた。能力的にできない事ではない。
具体的には『護衛艦隊が指定している一個群規模の(あえて言えば、平時の有事事態に対する)即応部隊を、四半期ごと、うち40~45日位自衛艦隊に差し出してもらい、群司令を任務部隊指揮官(現場指揮官)として日本周辺海域(特にオホーツク海、日本海、東シナ海等の縁海(周海)も)をダイナミックに(可視範囲に密集してではなく、主隊は日本海中部に一個隊はオフォ−ツク海分派と言う位に離れて)遊弋・巡航する。
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当然自衛艦隊は行動海域の中にいる常続監視等の他のビークルとの連携を考えた運用をし、指定目標の監視や特別監視への対応、更には工作船への対応等にも自衛艦隊司令官の下でこの任務部隊が一義的には当たる。
また、この中で自衛艦隊が計画する地方隊や潜水艦隊等との訓練も消化する。(米海軍は展開行動の中で海演等にも参加している形であり、議会報告でも「訓練」の項ではなく「抑止」の項に掲載)』と構想し護衛艦隊司令官はじめ各級指揮官と調整しながら、SF応訓や群訓練を隊員の意識改革と試行の場に使わせてもらい、次年度からは自衛艦隊業計の中心に据えるつもりで考えていた。
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マラッラ・バーレーン海軍司令官と
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アルマダニ・UAE海軍司令官
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そんな中での9月11日(海演(奇しくも事態対処)の図演初日)の米国同時多発テロ生起は驚愕であった。敵は国家ではなくテロ集団であり、平和でもない戦争でもない(米国は新たな戦争と位置付けたが・・・)正にグレーの状態・時代の対応の必要性を再認識させられた。
紆余曲折の末、情報収集及びテロ対策特別措置法に基づく協力支援のため海上自衛隊のインド洋派遣が実施された。(本当はこの顛末が一番の思い出であり書きたい処であるが、現在も作戦中なので多くは言及しない)
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日本周辺の実任務としてのDeploymentが実現する前に「日本周辺海域がインド洋ペルシャ湾に・1.5ヶ月間が3〜4ヶ月に・相手が国家からテロ集団に」変わっただけ、この地域/海域で国際協調してテロ撲滅に協力し安定化を図ることも、ひいてはわが国の平和と安全のためにDeployすることに変わりはない。その中での協力活動であり、燃料配給が唯一絶対の目的/仕事では無い。そんなことにはしたくない!海軍らしく動きたい。
そんな思いから海幕、内局につけた注文は、国家の明確な意思表示となるDeployにふさわしい威容を備えた部隊編成と部隊運用の細部は自衛艦隊に任せて欲しいことの二点である。
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DGA英海兵隊警備隊長
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