|
期友の皆さん、これからもよろしくねがいます。
とわ会ホームページに投稿するのは気恥ずかしくて迷っているうちに今日になってしまいました。
長谷勇 本日2月18日60歳・還暦の仲間入りをしました。同期の皆さんありがとう。
顧みれば今から37年前の今日、呉共済病院のベッドで候補生学校の卒業試験を受けておりました。 なにせ受講もしていない教務ばかりなので、スタディ・ガイド片手に教官が教えてくれますが、なにせ教官も大昔の記憶が頼りですから、教官ともども脂汗でした。おかげ様で何とか無事卒業できました。感謝!感謝!
表桟橋から竹沢君と練習艦隊を見送った時には艦影さえ定かではなかった。幸い一週間後に「はるさめ」に乗艦できたものの、晴海出港直前に呉教送り。
かのエノケンと同じ「壊疽」なんて診断なものだから(後に誤診と判明)、所詮あと5年の命だーてんで、婚約は破棄するは、夜な夜な呉の酒場まわり、あげくの果てにチンピラ相手の立ち回り。
そんな時に鳥取大学病院に桑原先生という日本一の血管障害の権威がおられるらしいとのこと。 藁をも縋る気持ちで即刻受診、2週間の検査結果、なんと「君のは動・静脈炎だよ! ただ血管が60歳位のレベルなだけだよ。 誰しも歳とともに老化するのだから、今の状態を維持すれば60のときに完治だよ!」なんて、ありがたいような・ありがたくないようなえらい先のお話。
ともあれこれで艦に乗れる。勇躍「きくづき船務士」に、初めての艦隊勤務だけど松田君が通信士、心強い! ところが半年で再発、おまけに艦船勤務不適とは。
艦に乗れないのだったら海自にいてもしゃーないと退職願、体直してやめろとの姫野呉教司令のご指導を受け、それならいっそ180度違う経補の道へ、任務航空補給に。ここで岡本君、清崎君、松川君と再会、悩みを聞いてくれた。
需統隊勤務を経て1輸隊に、その間中田君、徳永君が相次いで亡くなったのは大変ショックだった。 ところが宮岡君、岡本君の結婚式をみて、生涯独身の決意はもろくも崩れ、婚約破棄を破棄してしまう。両君ありがとう。
ともあれ、艦船勤務不適のままの「しれとこ丸」、ソ連の監視船に護衛されての沖縄現金輸送に始まり、沖縄・硫黄島への物資輸送の連続。 別役君、河村君のおかげで、無事乗り切る。
その後は、8護隊、中級課程、FMS連絡官、海幕、4術校教官、あっという間に30代半ば、退職願いはお蔵いき。そんなこんなで海自がおもしろくなった。
次なる潜水艦部隊は言葉が通じない。 ダイトレ(ダイビング・トレナー)を大型トレラーと信じて話すからややこしい。小山君、中尾君、八束君、橋本君達に潜水艦のイロハから教わる。 すっかりドンガメ部落に染まる。
呉でのんびりしていたら、1年もしないのに、海幕業計班。 俺は経補だというのに艦船建造、武器造修、弾薬担当! おまけに1術校の保管船を姿を変えずに浮桟橋にせよとは驚いた。時あたかも前田閣下の政権下、谷君、山崎君ありがとう。
後任の増田君には迷惑をかけました。そういえば「しれとこ」では熊野君に尻ぬぐいをしてもらいました。
さあ15年ぶりの練艦隊、勇躍着任したらとんでもないオヤジがいた。中島君のおかげで人殺しをしないで済んだ? でも最初で最後の遠洋航海・楽しかった!
好事魔多し、待っていたのは又もや3年有余の監獄(海幕)勤務。まあいいか、今話題のイージス1番艦の予算要求も一発でとれたし。
幹校学生から横補所、初めての補給所勤務。ベテランの岩田君のおかげで、楽しくゴルフの練習に励む。好い所は短い、そして4回目の海幕。
色々ありました。掃海艇のペルシャ湾派遣、○検だの。またも岡本君にサポートしてもらいました。 ところが、人を喰った仕事振り(1番古い班長だもの)が祟ったのか、六本木での3年間の暴飲暴食のせいか、胃がんの兆候ありとのこと。
需統隊に転勤そうそう割腹。ここでも岩田君がいてくれた。10時出勤3時退庁、お世話になりました。山崎君、小林君、瀧本君、山口君にもいい加減な契約担当官を支えてもらいました。
舞鶴単身時代、同期がくれば宴会、魚が採れたら宴会、2年半で二百数十回!よくぞ付き合ってくれました。北村君、池田君そして同期の皆さん。感謝!
よくしたもので最後はナホトカ号。二ヶ月もの間、油・油で大騒ぎ。伊藤君も来てくれました。 もう一回単身赴任がした〜い!
鬼の横監経理部長。自分のお金じゃないから厳しくなるんですよ。同期の皆さんご無礼の程、深謝! その間硫黄島監査は決して部下まかせにはせず、常に自ら出向き徳永君に逢いに行きました。もちろん佐藤君、矢内君とも昼夜に旧交を温めました。
最後は図らずも幹部学校それも教育部長とは! 谷海幕副長、山田校長は耄碌したのかと角田君に相談〜実に明瞭な答え〜部長は教えなくて良いとのこと。
経補なんて明治以来前代未聞。 冷ややかな教官諸君の眼に耐えながら勤務!なんて殊勝な私ではありません。山田君、吉原君の虎の威を借りて、今日一緒に還暦を迎えた河本君に助けられ、名(迷)部長の名をほしいままに、平成12年の開戦記念日に退官。
古いこと・悪いことは記憶が消えていくようで、名前が出ていない皆さんごめんなさい。(もしかしたら女房が読むかもしれないので?)
江田島卒業後色々なことがありました。 家族、先輩・後輩そして何よりも同期の皆さんに支えられてここ(還暦)までこれたのだなあ〜と感謝しております。
平成17年2月18日 (還暦を迎え)
長谷 勇
|