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九月に入っても残暑の厳しい毎日が続いた。上旬の防災訓練が終わり、一息ついたところで恒例の吉浦合同訓練に出発した。広島県呉市の瀬戸内海に面した風光明媚な港町吉浦は、安芸の生まれ故郷であり、二ヶ月足らずここの犬舎で過ごしている。吉浦の警備犬との合同訓練は昨年に引き続いて二回目であり、今回は飼主はじめ訓練所長以下訓練士計八名、救助犬十一頭、車両三台が参加した。
吉浦まで約八百キロの長距離行動であるが、災害出動を念頭においての移動訓練も兼ねている。途中、この度NPO法人の名誉会員となった、岡山県玉野市のO氏宅に立ち寄り、宿泊と夕食のお世話になった。一時五頭もいたO氏の愛犬は最近相次いで亡くなり、今は十一歳になるもん吉と一歳半になるター君の二頭のみである。いずれもピレネー犬の巨漢。
半年前、軽自動車にはねられるという事故に会いしばらく山の中に逃亡していたター君は、最初遠来の犬たちを警戒していたが、そのうちすっかり打ち解け仲良しになってしまった。もん吉は脚が悪く殆ど動けない状態であるが、空路慰問にやって来た準飼主のY氏には盛んに甘えている。もん吉の歳からして、彼との触れ合いはこれが最後になるかも知れない。
翌朝早く玉野を出て呉に向かう。吉浦では、安芸二号は母親のメッシュや兄弟の松之助と一年ぶりに対面できたが、父親のゴンは昨年亡くなっている。六年前、飼主が名付け親として命名した安芸一号は、相変わらずシェパードにしては小振りの体を摺り寄せて甘えて来る。警備犬としては役不足だったようだが、六頭の子犬を産み母親としての務めを立派に果たした。
警備犬と救助犬の合同訓練は、猛暑の中二日間にわたり行われた。まず日本訓練チャンピオン大会に出場予定の警備犬の訓練展示があり、続いて救助犬の服従、熟練、捜索作業の訓練展示を行った。昨年同様、M所長が質疑応答の形で吉浦訓練士の人たちにワンポイント・アドバイスを行った。
吉浦側の最大の関心事は、警備犬を救助犬として活用できるかという点にあり、二日目はこの課題で研究会と研究作業を実施した。松之助号をモデルとして救助犬訓練士が水平梯子渡り等の熟練作業の基礎訓練を試みる。
最後に、所長のエロス号により襲撃訓練と山野捜索の実演を行い、同じ犬が警備と捜索の両任務を遂行できることを実証した。痩身病み上がりの安芸は、訓練展示で捜索作業を行い、吉浦の観衆を感心させた。また、研究会で上映した世界選手権のがれき捜索DVDにも登場し、どうやら今年も故郷に錦を飾ったようだ。
安芸たち一行は、今話題の呉市の大和ミュージアムやてつのくじら館を見学した後、藤沢に帰って行った。
飼主は一人残り、翌日から始まるクラス会行事の幹事として受け入れ準備をした。四十年前に対岸の江田島の学校に入校した同期生が夫人同伴で参加する「とわ会江田島再訪の旅」である。とわ会はクラス会の名称で参加者は総勢百三十名。呉のホテルを借り切って記念総会・懇親会を行い、翌日貸し切りバス二台で江田島へ。
二日とも猛暑で、特に江田島は九月中旬というのにとにかく暑い。あの軍神広瀬中佐が家人に当てた手紙に、「江田島は夏暑くて冬寒い所」と書いたそうだが、当たり前のこの言葉は炎暑酷寒の一年を体験した参加者には身にしみて感じる。暑いと言っては酷暑訓練、寒いと言っては厳冬訓練をやる。これらの訓練を通じて強靭さを増す同期の絆。飼主は、入校時の書類に貼られている四十年前の写真を見せられたが、そこには全く別人の自分がいた。
猛暑を考慮し、行事は三十分早く切り上げられた。学校から小用という港まで車で送って貰った飼主は、異様な光景を目にした。同期の連中十四、五名が歩いて小用峠を上っている。まるで四十年前のように。還暦を過ぎた老人たちが、炎天下大声で談笑しつつ歩いている姿は、まわりの人には到底理解できなかっただろう。わが青春の江田島、第二の故郷。江田島とはそういう所である。
それぞれの故郷再訪の旅から戻った安芸と飼主は、そろそろ秋の救助犬試験に向け訓練の準備を始めた。安芸は体重も元に戻り完全に回復したので、カミサンの発意で訓練士たちを呼んで快気祝いをした。
十月一日、NPO法人が出動協定を結んでいる箱根町で震度五強の地震が発生した。深夜の二時過ぎであったが安芸と飼主は出動準備をして訓練所に向かう。そこでM所長と息子のY君と合流し、箱根町役場に到着した頃には、空が明るくなって来た。二時間ほど待機したが、被害は殆どなかったので解散となる。待機中にTV局の朝番組の取材を受け、M所長がインタービューに答えた。
この数ヶ月間、猫のミーコは体調が優れず時々吐いていたが、十月に入り急に衰弱して来た。慌ててカミサンが病院に連れて行き精密検査を受けたその夜、あっけなく息を引き取った。一難去って又一難、カミサンの嘆きようは側で見ていられないほどである。それでも試験が迫ってきた飼主と安芸は、週末の訓練に出掛けた。肌寒い初日は雨になり、参加したのは飼主と安芸のみであった。(第49回了)
三浦の羊飼い
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