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〇同期生の皆さんへ
今大会の写真は、撮り忘れたので、大会後に行った一杯会の写真のみを掲示させていただきました。皆の表情は、今一冴えてないのが分かるように、文字通りの反省会となりました。17回大会の再現でAグループからBグループへ降格となり、皆さんへ良い結果を伝えられず残念至極です。写真は、右から石川(空),川内、佐々木(海)、小柳、後藤、田中の各君で平井君は所用で欠席しました。
〇対局の概要
対局は,Aグループの第2組で9・14・19期との対戦となり、まず、シード期の9期と対戦しました。結果は、全敗で予想だにしなかった事で、思わず天を仰いだものです。その後、気を取り直し、19期を6勝1敗、14期を4勝3敗で破り3個チームが2勝1敗となったのですが、勝率で第3位となりました。最終戦は、16期と対戦し2勝5敗で降格の憂き目を見る事となったわけです。やはりスタートで全敗と躓いた事が、全てです。
今回は、空から石川さんが参加する事になり、陸海空のそろい踏みで期別対抗に臨めたのが,何よりだったのですが、思わぬ結果となり無念さは倍増です。
反省会でも、ポカの多さとか詰めの甘さで、日頃の力を発揮できなかったとの感想を皆が述べていましたが、中には、後輩にプレッシャー(?)をかけ勝ちをもぎ取った者もいたようです。
〇大会の結果
成績は、次の通りです。
Aグループ:優勝、9期 準優勝、6期(降格、11期・19期)
Bグループ:優勝、4期 準優勝、18期(以上Aグループへ昇格)
Ⅽグループ:優勝、15期
9期が4勝3敗で常勝6期を破り見事に栄冠を勝ち取りました。Aグループは、3位までが一桁の期で、占められまだまだ古参期の勢いは続いています。
一方、最終戦でわが期は、16期に敗れたわけですが、後輩期の参加者が減少する中でも、着実に力をつけてきている期の一つでしょう。
また、個人戦は、24期の久保田氏が優勝(11期は、参加せず)となりました。
出場選手の囲碁との関わり方等についての今回は、平井と海上の佐々木誠の両君です。
〇 好きこそものの上手なれ才能(棋道部OB 陸2班平井龍雄)
脳医学者・林成之教授による「囲碁の才能を発揮するための方法」をテーマとした
講演が行われました。
林先生は、北島康介・浅田真央といったトップアスリートをサポートしてきた心理学者の第一人者、先生がお話しされた骨子は次の4点
・勝っても勝っても次を求める「百点を超える足し算志向」を身に着ける
・脳で、間違う仕組みと勝負強さを身につける
・自分の課題に日々挑戦
・否定語を絶対使わない
そのうち最も感銘を受けたのは、3番目の「自分の課題に日々挑戦」でした。
もう少し詳しく言いますと「自分は只者じゃないと言い聞かせて、小さい成功を積み重ねることが、壁を破る唯一の方法」との事でした。
囲碁やスポーツなど自分が取り組んでいる対象を「好き」であること・・・・
(好きこそものの上手なれ)はまさに究極の心理です。
囲碁の普及・棋力の向上に役立て頂ければ幸甚です。
〇 私と囲碁(海上 佐々木誠)
私が囲碁と出会ったのは小学3年生の頃、父が休みの日に、退屈しのぎに教えてくれたのが始まりです。今思うと、父も囲碁が好きという訳でもなく、腕前も精々1~2級であったのではないかと思います。
したがって、真剣に囲碁を習った訳ではなく、父の退屈しのぎのざる碁でしたが、子供の方が覚えるのが早く、小学6年の頃には、父は私に勝てなくなりました。
近所に囲碁の相手もいないまま、中学、高校、防大、江田島と、囲碁とは疎遠になっていましたが、社会人になってプラント建設現場事務所の所長、監督連中の中に、囲碁好きが数人いて、昼休みに囲碁を打っていたので、仲間に入り、時々打つようになりました。
その内にお客さんも仲間に入り、休日にMG5(エムジーファイブ)と称して、朝から深夜まで、ゴルフとマージャンと囲碁で遊びました。この仲間内で1番強い者でも2段程度、昼食をとった後の40~50分で3番程打つ、早打ちのざる碁です。それでも相手のいる現場で、永年打っていると仲間内では結構強くなり、40台後半には2~3段程度になっていたと思います。
50台前半に本社のプロジェクト本部に転勤になって、同じ部の先輩に5段の人がいたので、教えを乞い、昼休みに毎日打ってもらいました。3連勝すると1子減らすというやり方で、3子置きから始めました。昼休みの暇つぶしとはいえ、置石を増やされるのは悔しく、定石、死活などの本を買って、毎日の通勤電車の中で読んでいました。
2年先輩のわが師が、定年を迎える頃には私が白を持つようになりました。
その頃は囲碁にのめり込んでいたので、休日には囲碁クラブで1日を過ごすようになり、囲碁クラブでの持ち点上位8名による、1年に一度のチャンピオン戦(総当り先番6目半コミダシ)で5勝2敗、3位に入り、日本棋院5段の認定書を貰いました。(日本棋院に申請、有料です)その年の優勝者はすでに7段の認定書をもっていたので、昇段は無しです。この頃が我が人生の中で、一番強い時期であったように思います。
61歳で三井造船を定年退職し、第二の勤め先(やはりプラント建設関係です)に移ったあと、高校の同期会で囲碁仲間を募集して、会則・昇段規定などを作り、囲碁の会を立ち上げました。 全くの初心者から、2段程度まで、20人程が参加して、千葉市のコニュニティーセンターの1部屋を借り、月に1~2回のペースで開催しています。現在4段が一人いますが、参加した時は3級でした。また、全くの初心者は8人いましたが、15級から始めて、挫折せずに残っているのは5人です。 そしてその内の一人が今年の7月に初段になりました。認定は私ですが、持ち点制でやっているので、他の囲碁クラブなどでも充分通用すると思っています。
私の方は、他の遊びも忙しくなっていて、囲碁クラブには15年近く行かなくなったこともあり、囲碁を打つ時は置き碁ばかりを相手にしているため、定石から外れたごまかし碁を打つ癖が付いたのか、対等以上の相手に勝てなくなってきたように感じています。
防大囲碁大会の11期生会に貢献するためにも、週一ペース程度は、囲碁クラブに通ってみようかと、反省しているところです。来年も宜しくお願いします。
〇 終わりに
参加選手は、今回空から石川さんが新たに加入し、ポイントゲッターである洗君が都合により不参加となったのですが、戦力的には十分戦えると思っていました。一杯会は、文字通りの反省会となりましたが、話が進むうちに来年でリベンジだとの機運が盛り上がってきました。選手は、そもそも6~4段程度の棋力を有していますが、年とともに若干錆びついてきているのかも知れません。よーし、定石とか中盤のせめぎあい、詰めを今一度整理し直し、また、碁会所等で鍛錬の機会を作って次の大会に臨むぞと誓い合って、乾杯で締めくくりました。次大会は、令和2年9月5日(土)です。
同期生のご支援・ご声援を引き続き、よろしくお願いします。
11期囲碁担当:陸上・後藤健次
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