近況レポート
 

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南の島サイパンを飛ぶ 松木

広大なサイパン国際空港でたった1機


広大なサイパン国際空港



教官パイロットのグレンさん


 サイパン国際空港は広大です。滑走路は3,000メートルもありジャンボ機が離着陸できます。それだけ広くても飛行機はほんの数機が見えているだけで閑散としています。

 定期便数も多くありません。ましてやエンジンを回しているのは私の乗っているセスナだけです。




 私は左の機長席に座っています。教官パイロットのグレンさんが右の席です。サイパングラウンドからタクシーの許可を取って出発です。

 私はまだタクシーが苦手ですから機体が黄色のセンターラインから左右に大きく外れます。グレンさんに方向を手で示してもらいながらエンジンランナップエアリアまでなんとか移動しました。


苦手のタクシー


 サイドブレーキをセットしてエンジンチェックです。エンジンを1,700回転まで上げます。轟音とともに機体がプロペラに引っ張られてつんのめります。たった160馬力のエンジンですが、音だけは一人前で空港いっぱいに鳴り響いています。

 エンジンは2個の点火系で回転しています。テストのためスイッチを回して右の点火系のみにすると回転数が落ちます。両点火系に戻してからこんどは左の点火系のみにするとまた回転数が落ちます。落ち方が一定以内であれば合格です。

 次にアイドルとしてからミクスチュアーレバーを引いて燃料混合比を少なくします。そしてエンジンが止まりそうになればミクスチュアー機能は正常ということになります。最後に1
,000回転から2,000回転に一気に上げます。轟音が空港にこだまします。これを2回繰り返して息継ぎがなければOKです。



セスナの操縦席

 エンジン快調ですので滑走路までタクシーです。ここではタクシーウェイも広いので滑走路と間違えそうになります。タクシーウェイにはすべてアロハベットの名前がついた標識が立っています。滑走路には滑走路の方位の数字が入った標識があります。

 サイパンですと「25−07」です。すなわち滑走路は方位070度を向いており、反対から見れば250度を向いているということです。初心者の私にはこんなこともおどろきなのです。


 セスナに長い滑走路はいりません。真ん中くらいから進入です。滑走路手前の停止線でブレーキをかけてタワーから離陸許可をもらいます。滑走路に入りセンターラインに停止しました。なんと広い滑走路でしょうか。方位70度を向いています。ここではいつも北東から穏やかな風が吹いています。風に向かって快適に離陸できるのです。南国の空が朝日に映えています。左手にはいかにも観光地といった感じの空港ビルが見えます。右手は背の低い南国の植物林で覆われています。幸せ感でいっぱいの私です。

 窓をしっかり閉めました。機内が急に暑くなりました。グレンさんが前方を指差しました。出発の合図です。ゆっくりとフルパワーにしました。プロペラ後流で機体が左を向きますから、右ラダーを踏んで修正し続けます。エンジンは強力です。プロペラに力強く引っぱられ、機体も自分も重さがなくなってしまったような気がします。グングン加速され、もう60ノットです。

 グレンさんが手のひらを上にして持ち上げあげました。操縦桿を引けという合図です。指示どおりに操作するとセスナはスムースに離陸しました。少し頭を下げ、水平線すれすれに向くようにして80ノットまで増速します。80ノットになったらその速度を維持するように操縦桿を押したり緩めたりします。


 スロットルレバーは右手で押したまま保持しています。操縦桿は左手のみで操作します。旋回してはいけません。この状態で地上500フィート、すなわち安全高度まで上昇します。この安全高度になったら何をしてもかまわないのです。

 500フィートに来ました。すかさずグレンさんから左に変針するよう指示が来ます。上昇中ですからバンク角15度と浅い旋回をして高度を落とさないように注意します。40度を向いたところで旋回ストップの手信号です。この機ではヘッドホーンを使わないので声がエンジン音にかき消されます。ですから手信号が有効なのです。


 機は風に乗り海上を気持ちよく上昇してゆきます。雲の一部を目標にして一直線に飛んでいます。トリム調整で操縦桿も楽になりました。早くも1,500フィートに近づきましたので操縦桿を押して水平飛行に移しました。速度が増します。100ノットに近づいたところでエンジンを2,200回転に落とします。機内が急に静かになりました。トリムを調整してひと段落です。

 窓の外には素晴らしいパノラマが広がっています。グレンさんが堰を切ったように名所旧跡の説明をはじめました。目の前には左から右へ半島が延び、ゴルフ場が見えます。日本のゴルフ番組でよく放映されるラウラウベイゴルフリゾートです。



ラウラウベイゴルフリゾート



 左手にはサイパン島で一番高いタポチョ山が見えます。

 山頂に展望台があります。海抜1,500フィートの高さですから私の機と同じ高さで手が届きそうです。


タポチョ山とサイパン島



左後方にサイパン国際空港を望む


 左後方を見ると今飛び上がってきたサイパン国際空港が見え、その向こうにはテニアン島が控えています。


 右側は大海原です。その向こうはアメリカ大陸でしょうか。機はサイパン島の東海岸線を北上しています。この辺は民家も少なく、海岸線も崖になっていて単調な景色です。

 グレンさんの許可を得てエルロン、エレベータ、ラダー、エンジンの効きを試したり、蛇行、上昇、降下を繰り返したりしました。セスナは傑作機です。素直で操縦しやすいのです。たっぷりと慣熟訓練です。


サイパン島東海岸


島の北端で私に異変が発生


サイパン島の北端

 
 もうサイパン島の北端に近づきました。高い山があります。北側の海に面した方は絶壁になっています。その下は緑の平地が海まで続いています。そして海のところで断崖となり、大きな波が打ち寄せて白く砕けています。

 グレンさんが、「あの山の絶壁から日本軍人が飛び降りて自決した」、「海の断崖から日本の婦女子が海に身を投じた」と説明してくれました。


 終戦前年の春に米軍が、私がさっき離陸したサイパン国際空港付近に上陸しました。島の南西部です。日本軍人、日本民間人、その家族の多くが大きな犠牲を払いました。こうして空から地形を見ると北に追いやられる理由がよくわかります。また北端で逃げ場を失った様子が手に取るようにわかり、心が痛みました。

 日本は約30年サイパンを統治しました。サイパン先住民と日本の関係はとても良好だったようです。教育、産業誘致などに力を入れ繁栄していました。そこに、第二次大戦がやってきたのです。終戦の前年に急きょ招集された高齢の方々が、たった3ヶ月の基礎訓練を受けただけでこの地に送られました。武器、弾薬、食料などが極度に不足し、戦闘経験もなく、言語に絶する苦しみが待っていました。

 私の脳裏に、子供のころから何回も見続けてきた米軍フィルムの傷だらけの映像が浮かんできました。米軍の投降の呼びかけに応じることなく、何度も後ろを振り返りながら断崖の方に走り去ってゆく日本女性の顔がはっきり見えます。そして断崖に至ると髪をとかし、襟元をただし、モンペのヒモをしっかりと結び直し、当たり前のようにして身を投じてゆきました。この映像はずっと私の心の重石となっていたのです。

 機が海岸の断崖上空にさしかかりました。米軍フィルムで見て脳裏に焼きついているあの特徴ある岩場と押し寄せる大きな波が目に入ってきました。感極まった私はいたたまれなくなり、思わずグレンさんに「メイ アイ アースク ユー トゥ ハブ コントロール サー」と叫びました。「オー シュア アイ ハブ コントロール」とグレンさん。

 操縦桿から手を離してひざの上に置き、しばし黙祷です。どのくらい時間がたったか覚えていません。私に異変が起きました。どうしたことでしょうか。心が安らぐのです。なにか故郷に帰ったような気持ちになったのです。さらにおどろいたことに、生きる活力のようなものをいただいた感じがしました。「人生はもっともっと素晴らしいのですよ!」と、どなたかに言われたような気もしました。これはどういうことなのか、いまだによくわからないのです。明日はここに陸上から訪問
して慰霊する予定になっています。

 意識が過去から現在に戻りました。機はサイパン島の北端を回り終わり、西海岸線に沿って順調に飛んでいました。グレンさんに「アイ ハブ コントロール」と元気よく伝えると、「ユー ハブ コントロール」と優しい笑顔でした。グレンさんは70歳半ばくらいのアメリカ人です。この戦争のことは私以上によくご存知なのでしょうか。


マニャガハ島上空の旋回訓練で勘違いした私


マリアナリソート&スパホテル


 サイパン島の西側は華やかです。白いサンゴ礁に囲まれていますから海の色がライトブルーで目が覚めるようです。平地も多く、大きなホテルや市街地が並んでいます。

 「あれがマリアナリソート&スパというホテルです」、「あそこではでは乗馬が楽しめますよ」とグレンさん。サイパン最北の大型ホテルです。サーキットコース、ゴルフコース、乗馬施設などが見えています。次の日、本当にそこで馬に乗ることになりました。初体験です。


 
 また巨大ホテルが見えてきました。ホテルニッコーサイパンです。「ニッコーホテルのディナーショーは素晴らしいですよ」などと、グレンさんは日本人の私に気を使い、「ニッコー」を何度も強調しています。

 ここでは、ラーメンやうどんなどの日本食をいただき、ほとんど毎日のようにお世話になりました。帰国前夜には、そのディナーショーを見に行って素晴らしい時を過ごしました。


ホテルニッコーサイパン



マニャガハ島


前方にサンゴ礁で出来た美しい島が見えてきました。見渡す限りのサンゴ礁の湾内にある点のような小さな島です。緑の潅木で一面に覆われています。その周りはサンゴ礁です。

 海水が透き通っていますから底が丸見えです。民家はありませんがレジャー施設が少しあります。そこから大きな桟橋が伸びていて小さな船が多く集まっています。

 島の周りはウィンドサーフィン、シュノーケル、パラセーリングなどでとてもにぎやかです。


 こういうところに来ると教官パイロットは必ず旋回訓練の指示を出します。グレンさんも例外ではありませんでした。サイパンで行き逢いの飛行機はまずありませんが、それでも外をしっかり確認して「ライトサイド クリアー」、「ライトターン」と呼称です。右ラダーを踏みながら操縦桿を右に倒してバンク角30度としました。右旋回は高度が落ちるので操縦桿を少し引いて高度を保ちます。右下に島を見ながら微調整します。島の位置は変わりません。ゆっくりと回転しているだけです。

 360度旋回はけっこう時間がかかります。途中で気が抜けて高度やバンク角が大きく乱れるのです。元に戻すのに大変です。まだまだ修行が足りません。今度は左旋回です。こちらは高度が落ちないので楽です。水平線に機首を重ねていると安定した旋回ができます。


 ちょっと余裕が出来て下の景色を見ました。

 「海上でマリンスポーツをしている人たち全員が、この機を見上げ感動している」と、勝手に勘違いした松木さんは大張り切りです。

 翌日にマニャガハ島に行き、シュノーケルで水中散歩をしました。

 こんなにきれいな海は初めてでした。


サイパン最大の繁華街ガラパンを空からじっくり観察


サイパン最大の繁華街ガラパン


 さらに西側海岸線を飛びます。今までは針路240度でしたが、今度はさらに左に変えて190度です。まさに南下です。

 さっそくサイパン最大の繁華街ガラパンが目に入ってきました。一番手前に私の泊まっているハイアットリージェンシーホテルが控えています。

 島内最大のホテルで大きなガーデンと洒落たプールがあり、海に面しています。このホテルからの景色は最高です。特に夕日は絶景です。


 その奥には小さな商店街がみっちりと並んでいます。食堂、土産物屋、スーパー、コンビニ、エステ、バー、カラオケ、マッサージ店など、飽きることはありません。

 昨日はここで人口の60%を占めている先住民チャモロ族のお祭りがありました。夕方になると道路に屋台が並びます。チャモロ料理、中華料理、雑貨、野菜、果物、ドリンク、菓子、物産店などです。

 5ドルも用意すれば、赤ライス、焼き飯、肉と野菜のチャモロ煮、魚かイカの丸焼き、揚げ物などを発泡スチロールの弁当箱に盛ってくれます。ホテルの60ドルの夕食も素晴らしいのですが、屋台の食事も負けていません。家族総出で働いています。奥さんが全体を仕切り、男は外で焼き物、少女は接客、少年は盛り方、長老は会計と団結力は見事です。


 この人たちを見ていると自分の子供のころを思い出します。家族、近所との触れ合いがたっぷりありました。他人の幸せのみを祈り自分のことは忘れ去っている人が多かったように思います。本当に幸せでした。

 普段の家庭料理ですから食中毒などいっさいありません。地元の人といっしょに長椅子に座って食べます。食後もアイス、地元特産の菓子、生ジュースなど盛りだくさんです。



 南国特有のゆったりとした音楽が聞こえてきました。あたりはもう暗くなっています。音のする方に歩いて行くと大勢の人だかりがありました。

 公園の広場に舞台があり民族衣装の若い女たちが踊っています。将来はプロとしてホテルのショーなどで活躍するのでしょうか、なかなかの踊りです。今まで見たこともない美しさがありました。



 次は若い男の激しい踊りです。私も力がみなぎって元気になった気分がします。

 スペイン風の音楽がかかると中高年の男女の踊りです。踊り手は年を忘れ人目もはばからず陶酔しきっています。

 どのショーも男女の恋を連想させ、薄明かりの中で幻想的でした。人間、本当は、これが一番大事なのですよね。


 お金を使わなくても十分に異国情緒を味わうことができ満足してホテルに向かいました。

 途中、コンビニのABCストアーで朝食用に2ドルのサンドイッチを買いました。ホテルの15ドルの豪華朝食よりもヘルシーでおいしいのです。ホテルの前はマッサージハウスのメッカです。
 

 韓国女性に何度も呼び止められましたがマッサージが必要なほど身体は疲れていません。システムや値段を聞いたりチラシをもらったりするだけにしてホテルに避難しました。

 大きな道路を隔てて大型ショッピングモールの免税店ギャラリアがあります。空から見ると一段と大きく見えます。免税店ということですが、サイパンは無税ですから奇妙に感じます。しかし、この店は高級で信頼性も抜群です。日本橋高島屋クラスで観光客からも抜群の人気です。  


 
 私もここでバーバリーのコート、エルメスのネクタイ、ハンティングワールドのバックなどを買い今でも常用しています。

 無税ということもあり日本の6割くらいの値段です。返品や交換もしっかり対応します。日本女性達が数十万の買い物に列を成しています。


 タクシーで乗り付けると島内のどこからでもギャラリアが支払ってくれます。帰りはホテルめぐりの無料バスが四方八方に出ます。島内観光ツアーもギャラリアを終点としています。ですからいつも観光客でいっぱいです。経営者は中国人と聞きますが商売上手です。

 こんなことで、帰りのジャンボ機には400人くらいの乗客が乗りますが、380人くらいは黒地に赤の文字が入った、あのギャラリアの買い物袋を手に持っています。


セスナと一体となって大自然に触れる

 機は南下を続けます。左手にサイパンで一番高いタポチョ山が見えています。その山で乱流となった風が吹きつけます。セスナが斜めになりながら大きく押し流されます。大自然のすごさを感じます。ときどきエアーポケットでドスンと落ちますが、セスナは細長い翼でしっかりと空気をつかんでくれます。グレンさんは海上を指差して「海面の波を見て風の方向を知るのですよ」と至って冷静です。私は身体の力を抜き、大自然の猛威にほんろうされているのが好きです。ときたま機を水平にするだけです。

 スコール雲に突っ込みました。窓に大粒の雨が激しく打ちつけ周りが見えなくなりました。飛行機の場合、外の景色が消えると上下左右の感覚がなくなりとんでもない操縦になります。こんな時は計器飛行をすればよいのです。私は調布飛行場のフライトシミュレータで500フィート以上を視界ゼロにセットして離着陸を繰り返す訓練をよくやりました。

 30歳位の現役パイロット平山機長に2年間鍛えられました。姿勢儀の中心には飛行機の形をしたバーがあります。そのバーの下に姿勢儀の水平線が接するように操縦すると高度、進路ともに安定します。外を見なくても各種の計器を頼りに十分に操縦ができます。この手法でスコールを切り抜けました。

 サイパンは熱帯性気候で年間平均気温は27
です。一年中海に入ることができます。雨季は7〜11月ごろといわれています。雨季といっても1日中雨が降り続くというわけではなく、10分程度のスコールが1日に数回来る程度なのです。日本の梅雨とは全く違います。夏の夕立に似ています。今は5月で雨季ではないのですが、それでもたまにスコールが来ることはあります。

 空から見ると大粒の雨を落としている雲が何箇所かあります。今度は大きなスコール雲が正面に迫ってきました。セスナは有視界飛行です。これだけ大きなものは避ける必要があります。グレンさんから1,000フィートに降ろす指示が来ました。エンジンを1,700回転に落とし雲を避けて左に旋回しながら雲の下に出ました。1,000フィートに降りたところでエンジンを2,200回転に上げ、トリムを調整して南下を続けます。高度が下ったので地上の景色がよく見えます。



 ここは郊外で大型スーパーが並んでいます。

 次の日に行くことになったのですが、日本よりも近代的で商品も豊富でした。価格は日本以上です。生活費は日本といい勝負です。ですから年金でロングステーというわけにはいきません。


PICホテル



 暑いのです。体中汗だらけです。額にも汗が流れてきました。「1,000フィートに降りると暑いですね」、「もう雨雲はありませんから、また1,500フィートまで上昇しましょう」とグレンさん。

 フルパワーで上昇です。「高度が上がると温度が下る」と理科で習いましたが、いま自分の肌でこれを感じています。1,500フィートまで上昇すると再び快適な飛行となりました。



 大型ホテルが続いています。PICホテルが見えます。ここではヨット、ウィンドサーフィン、カヤック、シュノーケル、スキューバダイビングがホテルのプールやプライベートビーチで楽しめます。無料です。

 2年後にこのホテルに泊まりマリンスポーツを満喫することになりました。

 今度はコーラルオーシャンポイントリソートクラブが見えてきました。広大なゴルフ場とホテルがセットになっていて観光客はゴルフ三昧となります。ゴルフのテレビ番組でも有名です。海越えの名物ショーとホールも見えています。その後ろには、サイパン国際空港の3,000メートル滑走路が堂々と控えています。



コーラルオーシャンポイントリソートクラブとサイパン国際空港


グレンさんの操縦妙技にいたく感心

 グレンさんがサイパンタワーと交信してタッチ・アンド・ゴーを要請しました。場周経路を使わず、このままストレートに着陸するとのことです。正面は海原、左はゴルフ場と滑走路、右はテニアン島です。みんな朝日に映え、青に緑に南海の楽園です。

 エンジンを絞り操縦桿を操作して、フンワリと地上に向かいます。80ノットで降下です。セスナは針路190度へ飛んでいます。そこから方位70度に向いている滑走路、すなわち「ランウェイ07」に向かいますから、左へ120度と大きく旋回します。セスナは思いどおりに大空を飛んでくれます。鳥なったような気持ちです。



ファイナルターン


 滑走路が正面に向かってきました。この空港は海抜220フィートです。ファイナルターンが終わったところで地上500フィートにする計画です。ですから機の高度計では720フィートとなるように操縦しています。


 このクラスの滑走路になると接地マークの左に高度表示装置があります。赤ライトが2つ見えると高度が低すぎ、白ライトが2つ見える高すぎ、赤白が見えると適正高度となります。着陸時は高度計、速度計、昇降計、タコメーター、滑走路などを頻繁に確認し、エンジン、エルロン、ラダー、エレベータの繊細な操作を行います。忙しいのです。

 ですから、この高度表示装置があると助かるのです。赤赤になったらエンジンをふかし、白白の場合は絞ればよいのです。あとは速度計と滑走路のセンターラインを交互に確認しながら着陸すればよいのです。


 
 滑走路に正対しました。高度は約700フィート、高度表示装置は赤白、速度は80ノットです。

 機首は接地点にピタリと向いています。気を抜いてはいけません。この状態はすぐにくずれます。ここでは操舵翼やエンジンの効きが悪いのです。早めに操作をして効きを待ち、早めに戻すのがコツです。かなり小刻みな操作になります。


もうすぐ着陸


 滑走路末端を越しました。エンジンアイドルです。操縦桿を引いて機を水平に保ち接地しました。「フルパワー」とグレンさんの大きな声。スロットルをいっぱいに押し、そのまま勢いよく離陸しました。タワーから指示があったとおり右回りの場周経路を使います。720フィートで右90度旋回を行ってクロスウィンドレグに入り上昇し続けます。高度1,220フィートで再び右90度旋回して方位250度に向け、ダウンウィンドレグに入りました。高度を維持していると増速してきます。100ノットになったところでエンジンをフルパワーから2,200回転に落としました。機は滑走路を右下に見ながら風下に飛んでいます。下は海です。

 ここからの景色は最高です。右には大きな滑走路、空港ビル、あの名峰タポチョ山、そしてサイパン島のほとんどが見えています。伊豆大島の2倍しかない島です。正面はテニアン島で、日本へ爆撃に向かったB29爆撃機が飛び立った滑走路跡が森の中に何条も見えています。

 グレンさんがマイクを握りタワーから着陸許可を取りました。そしてマイクを元に戻したその手で突然スロットルをアイドルにしました。「エンジンを使わずに着陸してください」との指示です。エンジン停止の不時着訓練です。実機では初めての私ですが自信がありました。無線飛行機でしっかりと体験を積んでいます。調布飛行場のフライトシミュレータでも教官の平山機長に鍛えてもらいました。

 操縦桿を引いて高度を保ちながら80ノットまで減速しました。そこで操縦桿を緩めると機は頭を下げはじめました。そこからはトリム調整で80ノットを維持しました。機はゆっくりと降下しています。セスナはこの速度が好きなのです。

 滑走路の末端がゆっくりと後方に流れてゆきます。速度と滑走路を交互に確認しながら右旋回にはいるタイミングを計ります。通常よりも早く右に旋回してベースレグに入れました。バンク角も10度と浅くしています。これらはすべて高度を高く保つためです。

 すぐにファイナルターンに続けました。滑走路がゆっくりと正面に向いてきます。「80ノット」、「センターライン」と頭の中で呼称しながら交互に確認を続けます。接地点の左横にある高度表示装置のライトは白白に見えています。ですから高度は高めということです。これは計算どおりなのです。エンジン停止のため上昇はできないので高めに進入しています。あとは蛇行で高度を落とす予定なのです。1回の蛇行で適正高度になりました。滑走路は目の前です。計算どおりです。グレンさんも「エクセレント!」と、少しびっくり顔です。

 操縦桿を引いて機を水平にしました。ノーフラップで速度も残っていますからなかなか接地しません。ここが我慢のしどころです。

 その時、突然、操縦桿に外力が加わりました。すごい力で引いているのです。グレンさんが副操縦席の操縦桿を操作したのでした。機は大きく空を向きました。そして失速ブザーが機内に鳴り響きます。セスナの細長くて大きな翼が空気をいっぱいつかんだと思ったすぐ後に、メインギアーが地上にトンと着きました。機は空を向いたまま滑走し、しばらくしてからノーズギアーが接地しました。

 私は唖然とした顔でグレンさんを見ました。グレンさんは手のひらを上にして肩をすぼめ、アメリカ人特有のポーズをとりました。「ほんとの着陸を見たかい!」というような顔です。「すごいですね!」の意味を込めて私も同じようなポーズをしました。



着陸して減速


 初心者の私には無理な技です。習得には相当な時間がかかると思います。しかしながら趣味でフライトを楽しんでいる私に急速な上達などというものは必要ありません。焦る必要もどこにもありません。名パイロットになる必要もありません。

 天気の悪い日は飛びません。体調の悪い日も飛びません。飛ぶ気にならない日も飛びません。


 グレンさんの妙技に感心したり、名機セスナと一体になって大自然の風に身をゆだねたり、通勤電車の中で操縦のイメージトレーニングをしたり、異国の文化に触れたりしながら、何もかもゆっくりと味わっているのが大好きなのです。

 私のログブックに飛行時間、着陸回数が記入され、グレンさんのサインが入りました。翌々日に、またグレンさんと空に戻り、テニアン島でのタッチ・アンド・ゴー、サイパン空港でのILS計器着陸の訓練を行いました。



 この2年後に、またグレンさんと飛び、サイパン国際空港で強い横風の中、クラブ法、ウィングロー法などという横風着陸技術を思う存分に習得することになりました。

 平成15年5月15日のことでした。

          松木


フライトを終えて


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