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スカイツリーが見える
亀島橋
銀座から徒歩約30分、新装なった歌舞伎座、そして、四つ角の向こうに築地市場を見ながら、八丁堀へ。 ここは、江戸期、寛永(1624〜1644)時代に、隅田川へ通じる船便のため掘削された。 その掘割の長さが、八丁(1丁:約100m)あったため、八丁堀と呼称された。
元禄年間、組屋敷が支給され、町奉行所の与力、同心達が住み、町人から八丁堀の旦那と畏敬されていた。 実際は、薄給のため屋敷の半分を町人(医者、儒者など)に貸していたらしい。
JR八丁堀駅
鉄砲洲稲荷神社
ビルの玄関先のサツキ
亀島橋を渡ると新川、その時、亀島川を小型遊覧船が通過する。 亀島川の延長線上にスカイツリーが見える。 江戸の変化は、あまりにも顕著。 ただし、掘割からの潮風は、まだ江戸の香りそのものかも知れない。
渡船場跡や、昔ながらの「つくだ煮屋」の前を通り、中央大橋、櫻の名所、今は、葉桜、新緑でなかなかのもの、遊覧船が行き交い、運河沿いから眺める東京の水路からの下町散策も人気が出ている。 鉄砲洲稲荷界隈には、美味しそうな天婦羅屋、定食屋などがある。
佃島渡船場跡
中央大橋の向こうにスカイツリー
水路めぐりの遊覧船
徳川家入府のころ、大筒の試射場があった。鉄砲洲から芝浦までを江戸湊と呼び、米、塩、酒、薪、炭等の消費物資が集まった。 鉄砲洲稲荷湊神社は、船乗り達の安全祈願で全国にその名が広まった。 今も賑う築地の内海に位置しているものの、その賑わいは想像できるだけで、神社前は意外とひっそりとしている。
佃煮屋
佃大橋を渡り入船町、新大橋通り、喧騒とビル街、そして、車が行き交う商業都市地区、地下鉄の入口からどっと人が出てくる。 道路脇やビルの玄関先にはサツキが咲き競っている。
大型遊覧船
徳船稲荷神社縁起
立ち飲み屋(絆)
梅雨が終わると夏祭りがある。 少しは江戸が偲ばれるだろうか? 八丁の堀は今探せない。 佃島渡船場跡、つくだ煮屋(営業中)は、今、なお、江戸の歴史を伝え、正に、別の光沢で、輝いている様に見える。 岡本