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4月24日は、朝早くからの行動となります。第2音戸大橋大ブロックの移動は音戸町坪井沖から架設場所まで0530〜0630と思われるので、大変です。 最近の私は07:30頃起きますので、怠け者になりました! 04:10起床、04:35家を出発、日新製鋼褐熕サ鉄所の鍋桟橋側に呉市が準備した臨時駐車場があります。 臨時駐車場は05:00開場だったのですが、04:50頃到着。 準備されたバスは25名乗りのバス4台、バスを待つ人が多いので、多くの人が警固屋音戸バイパスを歩きはじめました。
普段は立ち入り禁止(工事用の車しか通していないので・・・)で今回はウオーキング道として開場しました。 この坂道(2Km)を夫婦で歩きはじめました。若い人達に並んで歩いたのですが、ドンドン追い向かれました。 奥様がいたので、ユックリでしたが、疲れました。
音戸町坪井沖は作業開始していました。
警固屋トンネル
見学場所までに、途中で写真を撮り始めたのが05:21です。 「見学場所」は「旧音戸ロッジ(現汐音)」のすぐ下でした。(「音戸ロッジ」は平成19年8月閉館しました)
音戸町坪井沖は警固屋側に・・
明るくなったので写真が撮り易い
見学場所には6時前に到着でした。 バスで多くの人達が集まりました。
クレーン船「武蔵」
警固屋上部から、多くの人達です!
警固屋上部から、水道に入ります!
警固屋上部から
大ブロック(中央径間部)
朝の早い人は、3時頃臨時駐車場の開門を待っていたそうです。 私達は6時すぎに朝食を食べ食べしながら、撮影でした。
警固屋下部から
6時半頃に、海上クレーンが架設場所に移ったので、撮影場所を橋の音戸側(事前に場所を確認していましたので・・)に移しました。
音戸側
警固屋側
7時10分頃大ブロックが架設場所のほぼ上に着いたので、撮影場所をさらに変更しました。 見学場所から、バスに乗り臨時駐車場に戻り、音戸方面に向かいました。 奥様の運転です。
音戸大橋下(音戸町)から
音戸大橋、清盛塚,第2音戸大橋
音戸では、音戸大橋の下からと「音戸大橋と清盛塚」をいれて撮影しました。 清盛塚:音戸の瀬戸を一日で切り開いたといわれる平清盛公が、人柱の代わりに一字一石の経石を海底に沈め、難工事を完成しました。1184(元暦元)年にその功績を称え、供養のために清盛塚を建立したといわれています。1951(昭和26)年には県史跡に指定された、周囲49mの石垣に囲まれた塚の中央には、供養のために立てられた石碑があります。
音戸大橋から(呉向き車内から)
音戸大橋、第2音戸大橋(高烏台から)
第2音戸大橋(高烏台から)
汐音
音戸から「音戸の瀬戸公園」に向かおうとしたのですが、立ち入り禁止処置になっていました。 それで、子規句碑(宮原5)から休山登山道を登り、尾根伝いに音戸の高烏台に移りました。 海上クレーンが音戸の瀬戸に来ることはまずないので・・・音戸大橋と第2音戸大橋をと・・・・
海上クレーンが立ち退くのには、時間がかかりますので、海上クレーンなしの写真は後日と決めていました。 朝早くからの行動で、汐音によりました。 「奥様の足休め!」です。 「汐音(shion)」は平成23年3月営業開始。 汐音
足湯
第2音戸大橋(音戸大橋から)
第2音戸大橋(音戸の瀬戸公園から)
4月29日、天気が良いので、海上クレーンなしの写真を撮りに行きました。 「警固屋音戸バイパス」は平成25年春の供用です。
第2音戸大橋の音戸側 (音戸の瀬戸公園から)
第2音戸大橋の警固屋側 (音戸の瀬戸公園から)
音戸大橋
第2音戸大橋の架設 その1へ 松本